Topics 2002年8月21日〜31日     前へ     次へ


21日 アメリカの第2公用語
22日 Baby Boomersのライフスタイル
23日 医療費高騰が止まらない
24日 ESOPと企業倒産
26日 ベツレヘム・スティールの退職者医療
27日 Chapter 11と労働協約


21日 アメリカの第2公用語  Source : Learning the New Language of Labor (Washington Post)
大量の移民を受け入れているアメリカの労働現場では、もはや英語のみでは充分なコミュニケーションができなくなっている。移民達の最初の就職先は、建設現場、ごみ収集といった、いわゆる3K職場だ。こうした職場で働く労働者の多くは、エルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラといった中南米諸国からの移民であり、彼らの言語はSpanishだ。

もちろん、アメリカ社会には、移民を対象とした英語教育のシステムがあり、そうしたシステムを通じて、移民が英語を話せるようになるのが、最善であることは間違いない。しかし、こうした英語教育システムの多くは、子供を対象としたもの(例えば公立小中学校における英語教育プログラム)であり、成人を対象としたプログラムは不足している。

そこで、次善策として講じられているのが、アメリカ人管理職へのSpanish教育だ。ごみ収集事業や、建設会社の現場監督者が、Spanishを学び、移民労働者とのコミュニケーションを図っているという訳だ。例えば、ヴァージニア州のFairfax Countyでは、ごみ収集事業部門や医療関係部門の職員を対象に、Spanish教育を行っている。また、メリーランド州のMontgomery Countyでも、職員を対象としたSpanish講座を設けている。(考察・コメント「スペイン語が公用語に?」参照)

こうしたSpanish教育を実際に担当しているのは、民間の語学教育機関とCommunity Collegeだ。しかも、Spanishを体系的に一から教えるというよりも、労働現場で即役立つように、例えば建設現場であれば建設関連の用語、言い回しを、また、医療関係であればその専門用語を、という具合だ。 アメリカ労働市場は、こういった現実的な対応を可能とする教育システムをインフラストラクチャーとして備えている。Community Collegeは、労働市場の流動性を確保する役割(Topics 3月28日「Community College」参照)とともに、移民を労働市場に参加させる役割をも担っていることになる。こうしたインフラを持っていることは、アメリカ労働市場の強味と考えておくべきだ。

しばらく夏休みをいただきました。こんな所に行ってきました。


22日 Baby Boomersのライフスタイル Source : Boomers in a Bind (PLANSPONSOR Magazine July 2002)
アメリカのBaby Boomersとは、1946〜1964年の間に生まれた世代を指している。1946年生まれの人達は、現在56歳である。公的年金であるSocial Securityの受給開始年齢は65歳なので、彼らが受給を開始するまであと9年となったわけだ。つまり、あと9年で、アメリカも本格的な高齢社会に突入することになる。

EBRISalisbury所長は、インタビューの中で、彼らの引退後の生活、ライフスタイルについて、次のように述べている。

  1. Baby Boomersは、彼らの親の世代よりも収入が高く、貯蓄も多いのに、苦しい生活を強いられることになる。
  2. その理由は、次の4点である。
    1. 医療保険料が高まっている。
    2. 多額の住宅ローンが残っている。
    3. 長寿化により、nursing-homeなどの介護費用がかかる。
    4. 加えて、Baby Boomersの消費文化がローンを増やしている。個人破産にほとんど罰則が伴わないのも、この傾向に拍車をかけている。
  3. 引退後は、個人の金融資産の4%程度しか取り崩してはいけない。それ以上に取り崩せば、資産は不足する。
  4. 苦しい老後生活を避けるためには、
    • 引退と同時にクレジット・カードを捨てて、デビット・カードのみを利用する
    • 公的年金と金融資産の4%を正確に計算する
    ことが重要だ。そうすれば、むやみな消費、住宅ローンは回避できる。
  5. 結論を出すには早いが、現在の30代は、クレジット管理ができているようだ。
  6. 大事なことは、学校教育の中で金融に関する教育を継続的に行うことだ。
上記4.は、大変重要な示唆だろう。アメリカの退職後生活は、3本の脚で支えるという。公的年金、企業年金、個人資産の3本だ。公的年金は社会の高齢化が進む中、給付の削減は避けられない。企業年金も、401(k)などのDCに半分近くを頼っているので、経済状況が悪化すれば、骨粗しょう症となってしまう。退職後の収入を正確に予測することは大変難しい。しかし、ある程度見込みをつけなければ、自立した生活は期待できない。アメリカのBaby Boomersは、どのように対応していくのだろうか。興味のあるところだ。

23日 医療費高騰が止まらない Source : 2003 Segal Health Plan Cost Trend Survey (PDF)
2003年も医療費の高騰が続きそうだ。下の表は、Segalというコンサルタント会社が、保険会社等を対象に行った調査結果である。プランタイプごとに、実際の医療費請求がどれだけ伸びそうかというアンケートを行い、集計したものだ。

SEGAL

これによれば、来年も、医療費コストは10%台前半の伸びとなる。これで、3年連続2桁増は、間違いなさそうだ。特に、処方薬は、2年連続で20%近い高騰となる。

これは大変な勢いだ。日本で言えば、診療報酬が毎年10〜15%平均増で改訂されているというのと同じ事だ。いくら医師会が強気でも、そこまでの増額はさすがにできまい。

しかし、自由市場に任せているアメリカ医療市場では、こういうことが起きてしまうのだ。90年代初めにも同様の高騰があった。この時は、一斉にHMOというツールに乗り換えることで、一旦は沈静化した。しかし、それも束の間のことであった。HMOの厳しい制約に、消費者、医療機関ともに嫌気がさしているため、再びHMOに回帰しようという動きは起きていない。しかも、皮肉なことに、HMOプランの伸びは、より制約の緩いPPOと同じ伸びになっているのだから、かつての効果も期待できない。

それでは、医療費高騰への対策はあるのか?最近、New York TimesUSA Todayで、この医療費高騰を報じる記事が掲載されたが、いずれも、効果の期待できる対策は見当たらないというのが結論だ。

これまで何度も記してきたように、今年は中間選挙の年だ。医療費、特に処方薬コストの高騰は、高齢者層を直撃する。しかし、上記報道等からもわかるように、妙策はあまり見当たらない。議会も、様々な法案を繰り出してはみるものの、なかなか合意に達しない。高齢者に補助金を提供するのが最も安易な方法だが、それで当面は乗り切れるものの、財政黒字を使い果たした今、高騰が続けば財政悪化は避けられない。

また、現役、退職者に医療保険を提供している企業も、次第に心許なくなってくる。もし、医療保険提供を打ちきるような企業が続出すれば、それこそアメリカ社会はパニックとなろう。

24日 ESOPと企業倒産 Source : United Bankruptcy Could Cast ESOPs in a Poor Light (Chicago Daily Herald)
今月11日、US Airwaysが、Chapter 11の申請を行った。申請後は、再生計画検討の中で、従業員の給与削減が課題となっている。特に、US Airwaysの場合は、都市部を結ぶ路線を多数持っているため、従業員の給与も高くなる傾向にあるため、コスト削減のためには、真っ先に槍玉にあがることになる。

下の図は、US Airwaysの最近1年間の株価の推移だ。

USAIRWAYS

明らかに、昨年のSeptember 11以降、浮上できずに、倒産となったことが見て取れる。

蛇足だが、US Airwaysの上場シンボルは"U"であった。アルファベット1文字のシンボルは、当然少なく、大企業の証でもあったわけだが、Chapter 11申請に伴い、US Airwaysは、この1文字シンボルを失ってしまった。

話を戻して、このUS Airwaysの株価とよく似た動きをしているのが、United Airlinesだ。

UAL

United Airlinesも、Chapter 11申請は時間の問題と見られている。首脳陣は倒産回避のために、様々な努力を重ねているが、賃金削減に関する組合との交渉が難航しており、決着の目処が立っていない。

上記Sourceによれば、Unitedの労使関係の特徴は、次の2点である。
  1. 従業員持ち株制度(ESOP)が、株式の50%以上を保有している。しかし、同社のESOPは、flight attendantsの参加を認めていない。
  2. 経営と組合だけでなく、組合同士の仲が悪い。
通常、ESOPプランを持っている企業は、倒産に至る割合が低く、賃金も高めで、売上、生産性等の伸びも高いといわれている。いくらESOPを持っていても、当たり前のマネジメントをしていなければ、Unitedのように倒産するという前例になるのかもしれない。

26日 ベツレヘム・スティールの退職者医療
 Source : Modifying Benefits ; Bethlehem Steel Will Give Retirees Voice in Cutbacks (Buffalo News)
Chapter 11進行中のBethlehem Steelが、破産裁判所に対して、退職者給付検討委員会の設置を求めた。公式ヒアリングは、9月12日に予定されている。

この退職者給付検討委員会は、75,000人の退職者と、その20,000人の家族の利益を代表する委員会となる。Bethlehem Steelは、企業再生のためには、退職者に関する企業年金、退職者医療、生命保険で、約24億ドルを削減する必要があるとしている。この委員会は、それらの削減交渉のための場作りということだ。上記給付のうち、確定給付型の企業年金は、PBGCによってある程度は保証されることになるため、それほど大きな問題ではないだろう。焦点は、退職者医療保険だろう。再生手続きに入っているうえに、最近の保険料高騰が重なっているため、その負担は相当重いことが予想される。おそらく、全面停止でなければ、再生計画は立たないのではないだろうか。

ところで、Bethlehem SteelがChapter 11の申請を行ったのは、昨年10月であった(「Topics 2月25日 Legacy Cost」参照)。この間、大統領によるセーフガードの発動(「Topics 3月5日 セーフガード発動」参照)があったとはいえ、既に10ヶ月が経過しており、通常のChapter 11の手続き進行に較べて、あまりにも遅いのではないだろうか。それだけ、再生計画が困難を極めているということだろう。

組合側としては、ここは頑張りどころである。ここで退職者医療を完全に諦めてしまえば、今後その他の鉄鋼メーカー(再生手続きに入っていようがいまいが)が、再生のため、または事業売却のために、退職者医療をやめるという動きが続出するだろう。

アメリカの鉄鋼メーカーが再生するかどうかは、セーフガードによる保護ではなく、実は、こうした再建計画の中でいかにLegacy Costsを殺ぎ落とすことができるかどうかにかかっているのだ。

27日 Chapter 11と労働協約
Source : US Airways asks out of Labor Contracts, US Airways Wants Labor Deals Rejected (Washington Post)
US AirwaysがChapter 11による再建手続きを申請した(つまりは倒産手続き)ことは、「Topics 8月24日 ESOPと企業倒産」で触れた。そのUS Airwaysと一部の労働組合との交渉が進まず、コスト削減の目処が立たないため、再建計画案の策定が難航している。

その打開策として、US Airwaysは、これら交渉がまとまらない組合との労働協約を破棄したいとして、破産裁判所に要請した。

交渉が難航している組合は次の通り。
他方、既に交渉がまとまった組合は次の通り。
破産裁判所(Judge Stephen S. Mitchell)による本件に関するヒアリングは、9月10日に予定されている。そこから30日以内に、破産裁判所が労働協約の破棄を認めるかどうかの判断を示すことになる。

アメリカ連邦破産法では、債務者(ここの例ではUS Airways)は、Chapter 11申請前と申請後とでは主体が異なり、申請後は新主体となる、との連邦最高裁判決が確定している。この判例を前提として、破産法第1113条(11 USC§1113)は、労働組合に情報を開示したうえで誠実な交渉を重ねた等の条件を満たせば、債務者が労働協約を一方的に破棄することを、破産裁判所が許可できるとしている。

このような先行事例を受けてかどうか知らないが、United Airlinesも、今週末までに、各組合に対して賃金削減案を提示する予定だ。組合との賃金交渉がまとまらず、コスト削減ができなければ、Chapter 11を申請せざるを得ないとして、組合に譲歩を迫っているのだ。
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